新・じゃのめ見聞録  No.3

   「ヨコハマ」という発音

―由紀さおりの『1969』を聴きながら―

2012.2.27


 NHKの「クローズアップ現代」で由紀さおりの『1969』がアメリカやヨーロッパ各国で昨年大ヒットしていたことの詳細を、遅まきながら知った (2012.2.21放映「世界を魅了する日本の歌謡曲ー由紀さおり ヒットの秘密」)。1969年と言えばバリケードのある大学時代を過ごしたものには 妙な響きを持つ年で、確かにこの頃、京都の夜の街を「夜明けのスキャット」を口ずさみながら歩いていた記憶がある。そんな1969年に流行った歌ばかりが、由紀さおりの歌い方を通して蘇ってきたというわけだ。この歌を聴いたアメリカ人は、口々に日本語の美しさを知ったと言っていたし、今風の歌に比べてテンポのゆるい歌謡曲に癒やされると言っていた。この「美しい日本語」と「1969年の歌謡曲」というキーワードに、私も知らん顔はできなかった。さっそく、YouTubeで聴いてみた。検索すると、なぜか最初にいしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」が出てきた。由紀さおりを聴くつもりだったのに、懐かしさに誘われて、先にいしだあゆみの原曲を聴いてしまった。その時にびっくりしたのは、彼女の歌い方だった。ステージの上で♪街の灯りがとてもきれいね、ヨコハマ♪と歌い出したとき、その♪ヨコハマ♪という発音が、聴いたことのないような言葉に聞こえてきたからだ。どう形容すれば良いのか分からないが、ホントに軽いタッチで、薄い天使の羽のように♪ヨコハマ♪と歌っていたのである。それは聴いたことのないような地名としても聞こえてきた。ええっ、「ブ ルー・ライト・ヨコハマ」ってこんな歌だったのかと思いながら、続けて由紀さおりの歌う「ブルーライト・ヨコハマ」を聴いた。しっとりとした、熟年の女性 歌手ならではの歌い方で歌われた「ブルー・ライト・ヨコハマ」はさすがだった。世界の人が、しんみりと聞くことのできた理由が分かる感じがした。しかし、それでも気になるところがあって、何遍も聞き返してみた。それは♪ヨコハマ♪という歌詞の歌い方であった。由紀さおりは、この♪ヨコハマ♪という発音の、「ヨコ」に軽くアクセントを置いて歌っていた。そのために、この歌詞に存在感が出て、いかにも「横浜」という地名を歌っている感じがしていたのである。しかし改めて、いしいだあゆみの歌を聴くと、「ヨコハマ」はホントに軽く、風の音のように一気に発音され、かろうじて「ヨコハマ」の「マ」の母音の「ア」が ぱっと開いて終わっている感じがするだけだった。

ただの歌の印象なはずなのに、なんでそんな細かなことにこだわっているのかと言われそうであるが、実は「ブルー・ライト・ヨコハマ」は「歩いても、 歩いても、小舟のように、ゆれてあなたの腕の中」という歌詞があるように、1969年当時の、若者の漠然とした不安感を歌っていた歌でもあった。だから、 いしだあゆみは「ヨコハマ」を、実在する「横浜」ではなく、ゆれる、淡い、存在感のない♪ヨコハマ♪として歌わなければならなかったのである。そのことと、比較して聴くと、由紀さおりの歌う「ブルー・ライト・ヨコハマ」は、とっても美しく歌われているけれど、熟年のせいか、人生の重みを感じさせる、大人の男女の歩く「横浜」が歌われている感じがする。そして私は、若いときに聴いたであろう「ヨコハマ」と、あれから40年を生きたものの歌う「横浜」の違いを思い がけず味わうことができて、本当にうれしくなった。

それに比べるとアルバムの最初に置かれている「夕月」は、別の意味で興味深く聴くことができた。私はこの歌も気になって、YouTubeで当時の黛ジュンの歌を探してみたが出てこなくて、最近歌っている彼女の歌しか聴くことができなかった。その歌は、音程が外れがちで、歌い方もしゃがれていて少し品 がないようにも感じられた。それに比べると、由紀さおりの歌う「夕月」は、まるで「浮世絵のよう」といわれるような編曲の中で、人に語りかけるように♪教えて欲しいの涙のわけを♪と歌っていた。1969年頃の黛ジュンは、男と女の情念を怨念を込めるようにして歌っていたはずなのだが、由紀さおりは、もはやそんな歌い方をしないで、ほとんど情念を込めずに、ニュートラルに歌いきっていた。これもよかった。

そうやって名曲「夜明けのスキャット」の熟女版を聴くと、やっぱり何とも言えない歌の不思議さに感じ入ってしまう。ただ今回の熟女版では、「ルー ル・ルルルー」が、「ルゥールゥ・ルゥルゥルゥ-」と聞こえてくるのがわかる。番組でも誰かが言っていたように、「ウ」がはっきりと聞こえてくる。「ル」 を「ゥ」でだめ押ししているというか、だからさわやかなのに、重さというか手応えのようなものが「ルゥ」に感じられてしまう。しかし、当時20歳だった由紀さおりは、母音を歌っていない。そのために、「ルール・ルルルー」が、軽い風の音のように澄んだ音色で聞こえてくる。そんな軽い存在感のないような歌い方ができるのは、こういう年代の時だったからかもしれないなと今になって思う。

そして私は、実はこの三人、由紀さおり、いしだあゆみ、黛ジュンが、同じ1948年生まれの今年64歳であることもこの後知った。かつての美少女歌 手と呼ばれたいしだは名女優にはなったけれど激やせの感じがみられるし、黛は離婚や再婚で苦労をしてきているらしい。そんな中で1969年当時とあまり変 わらない音声と若々しさを生きる由紀さおりは、この時代を生きるため、自分の「宝物」を維持させるために、結婚や子どもや家庭を選んでこなかったと別の番 組で話していたらしいのだが、彼女にも栄光の陰に別な苦労があったのだろう。三人三様の人生がある。そんな人の人生に甲乙を付けてはいけないし、付けることはできないのだと思うと、ここにきて黛ジュンの現在の歌い方を、あまり悪く言ってはいけないんだろうなとも思ってみる。